5.12. [ Track Structure ] セクション

1 keV以下のような低エネルギー電子・陽電子について、飛跡構造計算 [1] を実施すると、電子・陽電子が電離・励起もしくは分子振動・回転のような衝突イベントによる減速過程を模擬することができます。 この計算機能を利用すると、10 eV程度の低エネルギー電子数が多数生成されるため、従来アルゴリズムと比較して計算時間が膨大に掛かります。 そのため、通常の大きさの体系(cmオーダー)における放射線挙動解析には適しません。

このセクションでは、飛跡構造解析を行うセルを指定します。 mID は利用する飛跡構造解析モデルを指定するためのID番号で、-1, 0, 1 は 表 5.12.1 のような意味を持ちます。

表 5.12.1 mID による飛跡構造解析モデルの指定

mID

モデル

電子・陽電子

陽子 0-300 MeV、炭素 0-10 MeV/n

それ以外の陽子やイオン

-1

任意物質向け飛跡構造解析モード

chem=H2O: ETS、chem=Si: ETS for Si、上記以外: ETSART

ITSART

ITSART

0

(飛跡構造解析をしない)

-- (EGS etc.)

-- (ATIMA etc.)

-- (ATIMA etc.)

1

液体水向け飛跡構造解析モード

ETS

KURBUC

ITSART

  • --: 飛跡構造解析モードなし(カッコ内は飛跡構造解析の代わりに使われるモデルで、negsndedx により切り替わります)

  • ETS: 水用電子・陽電子飛跡構造解析モード

  • KURBUC: 水中の炭素・陽子用飛跡構造解析モード [2] [3] [4] [5]

  • ITSART: 任意物質・イオン用飛跡構造解析モード

  • ETSART: 任意物質用電子・陽電子飛跡構造解析モード

  • ETS for Si: 半導体シリコン用電子・陽電子飛跡構造解析モード(PHITS-ETS for Si) [6]

水以外の標的物質に対し ETS、KURBUC を使用すると、液体水の断面積データから電子密度スケーリングにより、標的物質の平均自由行程が算出されます。 mID=1 で用いられる特定物質向け飛跡構造解析モードは、標的が液体水に限定される代わりに、電離・励起などの個々の反応を最も精密に計算できます。 一方、mID=-1 で用いられる任意物質向け飛跡構造解析モードは、

  1. 任意の標的に適用できる

  2. ラザフォード散乱による反跳原子を考慮できる

というメリットがある一方、標的原子の励起を明示的に扱わないといった近似を用います。 任意物質向け飛跡構造解析モードでも以下の物質であれば [material] セクションにおいて chem パラメータで指定することで、分子構造をある程度反映した計算ができます。 H2O, CO2, NH2, NH3, SF6, TeF6, CH4, CH3, C2H2, C2H4, C2H6, C6H6, (CH3)2NH

[track structure]
reg  mID
  1    1
  2    0

同じ値の領域をまとめて書く、( { 2 - 5 } 8 9 ) という書式も使えます。 ただし、単一の数字で無い場合は必ず ( ) で括ってください。 しかし、( 6 < 10[100] < u=3 ) などの lattice, universe 構造は使えません。 領域番号(reg)と利用する断面積データのID番号(mID)の順番を変えたいときは、mID reg とします。 読み飛ばしコラム用の non も使えます。

以下は重要なパラメータの設定です。[parameters] セクションに etsmax, etsmin を設定します。 これらは飛跡構造解析を実施する電子・陽電子エネルギーの上限・下限値で単位は MeV です。 上限値を上げる、もしくは下限値を下げると計算時間がより長くなりますので、注意してください。 飛跡構造解析モードを利用する場合は、必ずEGS5モード(negs=1,2)を用いて emin(12-13) を1 keVに設定する必要があります。

[ Parameters ]
emin(12) = 1.E-03
emin(13) = 1.E-03
negs     = 1
etsmax   = 1.E-2
etsmin   = 1.E-6

etsmax は飛跡構造解析を実施する陽子・イオンのエネルギー上限であり、単位は MeV です。 エネルギー下限値は、陽子・炭素イオンのそれぞれの場合について emin(1)emin(19) (D=1e-3 MeV/n)で調整可能です。 陽子・炭素イオンのそれぞれについてKURBUCの適用上限は300 MeVと10 MeV/nですので、それ以上大きい etsmax が設定された場合は、上限以下でKURBUCを使用し、上限から etsmax の間や陽子・炭素以外のイオンにはITSARTを使用します。

[ Track structure ]
reg     mID     ebg     wvl
1       -1
2       -1      2.8     6.5

Version 3.34より任意物質用電子・陽電子飛跡構造解析モードETSARTと半導体Si用電子飛跡構造解析モードSi-ETSが追加されました。 mID=-1 を設定することによりETSARTモードを利用できます。 ETSARTではバンドギャップエネルギーを入力することで半導体物質における励起反応を考慮したシミュレーションが可能です。 バンドギャップエネルギーは [track structure] セクションに ebg [eV] で定義します。 ebg が未定義の場合、デフォルトで ebg=0 として扱われ、励起反応は無視されます。 また、物質中で電子正孔対が一つ生成するのに必要なエネルギー(w値)を wvl [eV] に設定すると、電子がカットオフエネルギー(etsmin)に達した際に、etsmin を w 値で除した値を [t-interact] における電子の発生数としてタリーします。 この機能により比較的高いエネルギーの放射線による電子生成数を評価する際に、etsmin を高く設定することで効率的に電子の発生数が計算できます。 また、[material] セクションにおいて chem を指定し mID=-1 を設定すると、その物質を対象とした電子線飛跡構造解析が実行できます。 Version 3.34時点では、ETSが chem=H2O 、Si-ETSが chem=Si で実行可能です。