EXPACSとは,Excel-based Program for calculating Atmospheric Cosmic-ray Spectrumの略で,大気中の任意の地点における宇宙線スペクトル及びその被ばく線量を計算可能なプログラムです。PARMAモデル(PHITS based Analytical Radiation Model in the Atmosphere,下記参照)を用いて中性子・陽子・原子番号28番(Ni)までの原子核・μ粒子・電子・陽電子・光子に対するスペクトルを計算することが可能であり,指定したセルに高度・緯度経度(もしくは地磁気強度)・時間(もしくは太陽活動強度)・周辺条件を入力すると,その条件に対する各放射線スペクトル及びそれに対応する被ばく線量が表示されます。大気圏内の宇宙線スペクトルに対する詳細な計算方法は文献[1-3]に記載されています。また,計算結果を可視化するソフトウェアEXPACS-Vを用いれば,地表面もしくは固定高度における宇宙線被ばく線量率をGoogle EarthTM上の地図に表示することができます。 |
![]() 図1 大気中の放射線挙動 |
宇宙空間には、太陽起源や銀河起源の様々な宇宙線が存在しており,月面や宇宙船内は,放射線環境の観点から見ても生命にとって過酷な空間です。私たちは,地球の磁場や大気に守られているため,それらの宇宙線に直接被ばくすることはほとんどありません。しかし,一部の高エネルギー宇宙線は,大気中の原子核と核反応を引き起こして極めて透過力の強い中性子やμ粒子を生成するため,地上にはそれらの2次宇宙線が絶えず降り注いでいます(図1参照)。それらの2次宇宙線による被ばく線量は,私たちが自然放射線により被ばくする全線量の約20%と推定されていますが,その正確な値は,地域(標高・地磁気強度)や時間(太陽活動周期)に複雑に依存するため,これまで精度良く評価することはできませんでした。また,宇宙線の強度は高度の上昇に伴って高くなるため,航空機搭乗時には、地上よりも被ばく線量が高くなります。そのため、航空機乗務員に対する宇宙線による被ばく線量の管理に関するガイドラインが,昨年,文部科学省により策定されました(詳細)。さらに,宇宙線は,生物だけでなく半導体にも影響を与えることが知られており,地表面や航空機高度における宇宙線スペクトル評価は,近年,様々な分野で重要な研究課題として認識されています。 このような背景から,私たちは,これまで原子力分野で培ってきた放射線輸送計算技術を応用し,その予測モデルの確立を目指して研究を開始しました。 |
私たちは,まず,最新の核反応モデルを組み込んだ放射線輸送計算コード PHITS(文献4)を開発・改良し,大気モデルなどと組み合わせることにより地球規模の巨大な体系における放射線挙動を正確にシミュレーションできる計算システムを確立しました。そして,そのシステムに,ドイツDLRで開発された地球近傍での宇宙線フラックス計算モデル(文献5)を組み合わせて計算した大気に入射する宇宙線スペクトル情報を入力し,大気中の放射線輸送計算を行いました。その結果,本システムにより計算した宇宙線スペクトルは,様々な条件に対する測定値を正確に再現できることが分かりました。(図2参照) | |
![]() 図2 様々な場所で測定した宇宙線スペクトルと本研究による詳細シミュレーション結果を比較した例(EXPACS 2.0で計算)。上が中性子,下が荷電粒子(陽子及びμ粒子)に対する比較を表しており,上下図でフラックスの単位が違うことに注意。 |
前述のように,大気中の宇宙線スペクトルは,地域(標高・地磁気強度)や時間(太陽活動周期)に複雑に依存します。しかし,上記シミュレーションは,大型計算機を用いても数週間かかるような大規模なもので,全ての地域や時間に対して実施することはできません。そこで,シミュレーションにより得られた宇宙線スペクトルの地域や時間に対する依存性を解明し,その変化を再現可能な数学予測モデルPARMAを構築しました。これにより,地球上の任意地点における宇宙線スペクトル評価が,従来モデルよりも迅速かつ正確に行えるようになりました。その結果の例を図4,5に示します。図4は,東京における宇宙線スペクトルを,図5は東京上空における被ばく線量率の高度変化を示しています。図より,予測モデルPARMAは,詳細シミュレーション計算により得られた結果をよく再現できることが分かります。 | |
![]() 図4 詳細シミュレーション及び数学予測モデルによる2006年6月の東京における宇宙線スペクトル計算結果(EXPACS 2.0で計算) ![]() 図5 2006年6月における東京上空の宇宙線被ばく線量率高度依存性(EXPACS 2.0で計算)。なお,被ばく線量を計算する際,宇宙線は人体に等方的に入射すると仮定した。 |
EXPACSは,予測モデルPARMAを用いて大気中任意地点における宇宙線スペクトルを計算するプログラムです。また,得られた宇宙線スペクトルに線量換算係数を適用し,その地点における被ばく線量率を導出することができます。さらに,EXPACS-Vを用いれば,その計算結果をGoogle
EarthTM上の地図に可視化することができます。詳細な使用方法はManualを,プログラムのダウンロードはDownloadページをそれぞれご参照ください。 一方,EXPACSで使用している宇宙線スペクトル計算モデルPARMAは,放射線医学総合研究所で開発している航路線量計算システム(JISCARD)に組み入れられ,航空機乗務員の宇宙線被ばく管理に役立てられています。 |